バースデイ・トリップ

父をがんで亡くした。一番悲しんだ母。数十年間、夫婦でともに家業を営み、いつもいっしょに家にいた。あたり前のようにいた。

「一回は、飛行機に乗ってみたかった。」
と、母は、亡くなるまえの父に言われた。

せめて母だけでも

と、母を飛行機に乗せて旅に出た。母のまだ見たことのない南の島、紺碧色に広がる海、開放感のある沖縄へ飛んだ。

 

海

 

母の誕生日に合わせたプレゼントだった。赤いハイビスカスやサンゴ礁の色彩鮮やかな世界が少しでも悲しみをやわらげてくれたらいいと思いながら。

機内から見える青い海に浮かぶ南の島々、楽園の景色は目にいたいほどまぶしい。
「お父ちゃんにも見せたかった」
と、母は涙ぐんだ。

沖縄は、いつ行っても内にこもるような思いから心を解き放ってくれる。これからの人との出会いや遭遇するだろう場面に安らぎを託して。

窓からは空にぷっかりと浮かんだ、サンゴ礁に周りをふち取られた島々が続く。

父の死をすぐに忘れるのは無理だけれど、少しは生きる気力を母に取り戻して欲しい。だからこそ、旅に出た。

少し早い春先の入道雲を見ながら、そう思った。