ホイアン沿いの川を眺めて
妻と昼寝している娘を宿に残して散策に出た。
ホイアンの街並みはベトナムのよき古都で、旧市街地区は車進入禁止となっている。その路地を多くの観光客がをぞろぞろ歩いていた。2階建ての古き建物が両脇に続く。壁の塗装は、黄色が主だ。ベトナム提燈(ちょうちん)が店先や道の頭上に色とりどりに飾られている。夜になると、さぞかし通りは華やかになるのだろう。
街の様相に自分がワクワクしてきたのがわかる。口角が自然に上向いた。解放されて、ひとり旅をしていたころを思い出した。家族を持つ前は自由気ままにひとり旅をしていた。
市場とつながる建物の中は、やっと人と人がすれ違えるほどで、両脇はガラスケースに食材を飾った食堂になっていた。客が来るにはまだ早く、すいてる席をさして食事はどうか、としきりに勧めてくる。
食堂がきれると今度は、石鹸やベトナムコーヒーなどを売っている雑貨屋になった。ここでも両脇の店から商売っ気のある店員に声をかけられる。ベトナム人は相変わらず商売熱心なんだな。
さらに進んで川辺に近づくと、野菜や魚介類の市場となる。左手に折れトゥボン川を横眼に見ながら歩く。
市場が終わるところに簡単なプラスチックの椅子の路上カフェがあり、日傘の下でくつろいでいる欧米人旅行者がひとりいた。自分も横の日傘に座り、ベトナムアイスコーヒーを注文する。
濁った目の前の川を観光船が往来する。気づかなかったが上流方面に山並が見える。少しここで景色を眺めながらくつろごう。
やっとひとりになれた。
でも、目の前の風景と対峙することができない。気持ちがどこか落ち着かない。
考えてみれば、結婚してからひとり旅をした記憶がない。旅は、いつも家族で出かけた。もし、これから先ひとりで旅にでる必要があるとしたら、果たして家族を日本に残して出ていけるか。幼い娘の顔を何日も見ずに過ごせるだろうか。
家族を持つようになって自分に変化が起きていた。
家族は空気によく例えられる。あるときは気付かなかいけれど、ないと生きていけない。自分にとって家族とは、冬場のひだまりのようなものである。
こんなもの食べてます