国境を越えた日
国境越えはあっけなかった。
マレーシア ペナン島のゲストハウスからタイのクラビまでのチケットを一人75リンギットで購入すると、ミニバス(トヨタのハイエース)が宿に迎えに来てくれる。そしてゲストハウスやホテルで次々と客を拾いながら国境を目指した。
マレーシアの国境でパスポートの出国手続きを行う。国境は隣国との軍事的意味合いか?写真撮影は一切禁止されている。迷彩服の係官にパスポートを差し出すと、肩にかけているカメラはいくらだ?ときかれた。
何のことはない、ただ単にカメラに関心があっただけなのだ。無事終えると、ミニバスに乗って今度はタイ側の入国審査を受ける。ここの検査官は、警察と同じ茶色の制服を着ていた。
ミニバスは検査を終えるまで待っていてくれる。タイの入国カードもマレーシアの出国前に車内で書くように用意されていた。まるでツアーにでも参加しているように手続きが進んでいく。タイでは、プミポン国王の喪中の垂れ幕や看板を所々で目にした。マレーシアには5日間だけの滞在だったので、まだ国境を越えたことに実感がわかなかった。
マレーシアからのミニバスは、タイ国内の旅行会社まで。その後は違うミニバスに乗り換えとなった。ここからそれぞれの地方に行先が分かれて行くやり方なのだろう。
途中で客が降車、乗車を繰り返しながらクラビに到着した。最終地もゲストハウスの立ち並ぶ旅行会社の前だった。目論見どおり、宿の客引きが来ていた。
「宿を探している」
と、告げると目の前の旅行会社のおばちゃんにゲストハウスを紹介された。
「ゲストハウスは、エアコン付きなら700バーツ、エアコンのない扇風機の部屋なら500バーツ。これからどこへ行くのか、ライレイか?そんならすぐに予約しろ」
と、タイに入国したばかりで、状況をよく飲み込めていないぼくに営業を次々にかけてくる。
「まずは部屋を見せてくれ」
と、頼むと4、5軒先のゲストハウスに連れてきて、ここできけと言って自分は戻ってしまった。部屋をいくつか見せてもらって、バス共同のエアコン付きの部屋に決め、お金を支払い、旅行会社に戻る。すると今度は明日行く予定のライレイ行きの予約をしろと、また営業が始まった。
「タイバーツは、さっき宿で支払ったのでもうほとんどない」
国境を越えてから換金する機会がなかったので、持ち金は以前タイ旅行をした時の残りが少しあるだけだった。そう告げると今度は、2、3軒先のATMに連れて行かれ、またおばちゃんは戻ってしまった。あいにくATMは営業していなかった。おばちゃんにその事を話すと
「わかった、そんなら60バーツ前金で置いていけ。残りは明日迎えに来る運転手に払え」
と、切羽詰まるように言ってきた。お金もうけは分かるが、なぜいつもはゆったりとしたタイ人がこうも急ぐのだ?
どうせ明日行くのだからと、ライレイ行のチケットをここで買った。旅の移動の疲れもあって、もう解放されたかった。
前金を支払うと、さっそくおばちゃんは店終いをして笑顔でどこかへ出かけていった。
妻に言われた。
「ゲストハウスに行ったり、ATMに行ったりしている間に、あのおばちゃん奥に引っ込んだと思ったら、ドレスに着替え香水を付けてたよ」
やっぱりタイ人だと、納得した。